ベトナムから出張で来た経営者に「名刺交換で気をつけることは」と聞かれると、私はいつも少し困ります。手順そのものは単純で、ネットにいくらでも書いてあるからです。
両手で持つ。相手より低い位置で差し出す。受け取ったらすぐにしまわず、着席中は名刺入れの上に置く。目上の人から順に渡す。—— 以上です。
問題は、この手順を完璧にこなしても商談がうまくいくとは限らず、逆に多少ぎこちなくても問題にならない場面が多い、ということです。
作法が本当に効く場面
名刺交換の所作が意味を持つのは、相手があなたのことをまだ何も知らない最初の数十秒だけです。
この数十秒で伝わるのは、能力でも実績でもありません。「この人は、場の作法を事前に調べてきたか」という一点です。そしてそれは「この人は、こちらの都合を想像する習慣があるか」という問いの代理指標として機能します。
逆に言えば、二回目以降の面談で名刺の出し方を気にする必要はほとんどありません。
よくある誤解
誤解1:高級な名刺入れが必要。 必要ありません。革の黒か紺で、角が折れていなければ十分です。見られているのは価格ではなく、手入れされているかどうかです。
誤解2:肩書きは大きいほうがいい。 日本の商習慣では、肩書きと実際の決裁権限が一致していることのほうが重視されます。実態以上の肩書きは、後で決裁が通らなかったときに信用を損ないます。
誤解3:名刺は英語面だけで足りる。 日本語面があると、相手は社名と氏名を正しく読めます。読めない名前は、記憶にも議事録にも残りにくい。ベトナム語の氏名にはカタカナ併記を強くおすすめします。
受け取ったあと
実は、渡すときよりも受け取ったあとのほうが差が出ます。
いただいた名刺は、その日のうちに裏面か別のメモに、会った日付・話した内容・次のアクションを書いておく。これだけで、三か月後の再会時にまったく違う会話ができます。
日本の取引先は、前回の会話を覚えている相手を高く評価します。名刺交換の作法は入口にすぎません。その先で効いてくるのは、記録する習慣のほうです。