日本語を学ぶベトナム人がつまずくのは敬語です。逆にベトナム語を学ぶ日本人がつまずくのは人称です。この二つは、実は同じ問題の裏表です。

日本語は動詞を変える

日本語の敬語は、文化審議会の「敬語の指針」(2007年)で五種類に整理されました。尊敬語・謙譲語Ⅰ・謙譲語Ⅱ(丁重語)・丁寧語・美化語です。学校で長く教えられてきた三分類(尊敬・謙譲・丁寧)を細かくしたものです。

大事なのは、敬意が動詞の形に乗ることです。「言う」が「おっしゃる」にも「申す」にもなる。主語を言わなくても、動詞を見れば誰を立てているか分かります。

ベトナム語は呼び方を変える

ベトナム語の動詞は活用しません。敬意は別のところに乗ります。相手をどう呼ぶかです。

年上の男性ならanh、年上の女性ならchị、年下ならem。父母の世代ならcôやchú、祖父母の世代ならôngやbà。そして自分の呼び方も相手に合わせて変わります。相手がanhなら、自分はemになります。

つまりベトナム語では、呼び方を決めないと一文も始められないのです。

だから年齢を聞く

ここから、日本人が戸惑う習慣が生まれます。ベトナム人は初対面でよく年齢を聞きます。

失礼を承知で詮索しているのではありません。年齢が分からないと、相手をanhと呼ぶかemと呼ぶかが決まらず、文が作れないからです。日本語で言えば、敬語を使うかタメ口かを決める前に話し出せない状態に近い。

日本では年齢を尋ねるのは踏み込んだ行為とされます。この一点を知らないまま聞かれると、不躾に感じてしまいます。

「dạ」は意味を持たない

もう一つ。ベトナム人が文頭でよく言うdạには、辞書的な意味がほとんどありません。丁寧さを示すための音です。

日本語の「はい」と訳されがちですが、同意を表しているとは限りません。「聞いています」「失礼のない態度でいます」に近い。dạと言われたからといって、内容に同意したとは限らないわけです。

実務での落としどころ

ベトナム人社員が敬語を間違えるとき、敬意がないわけではありません。敬意を乗せる場所が母語と違うだけです。

そして年齢を聞かれたときは、詮索ではなく文を組み立てるための情報収集だと思えば、受け取り方が変わります。